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ZEHに不可欠な高断熱化、 普及実現で1兆円規模の医療費削減へ

ZEHに不可欠な高断熱化、 普及実現で1兆円規模の医療費削減へ

 住宅の断熱指標として用いられる2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会(HEAT20、委員長:坂本雄三東京大学名誉教授)は6月、断熱性能を強化させた新外皮性能グレード『G3』を発表した。ZEHの断熱基準を定める際の指標ともなったHEAT20の断熱水準だが、今回のG3グレードはG2グレードの寒冷地水準を超えた性能を温暖地に求めたもので、従来の外皮性能を遥かに凌ぐ。HEAT20の検証WG主査も務める近畿大学建築学部の岩前篤教授にG3グレードの特徴や高断熱化を進める意義を訊いた。

HEAT20 G3グレードはこれまでの基準と比べどのような性能でしょうか?

G3グレードは、暖房期の最低室温が概ね15~16℃を下回らないよう設定しました。数値としては1~3地域で0.20W/(㎡・K)、4~5地域で0.23W/(㎡・K)、6〜7地域で0.26 W/(㎡・K)となります。この性能はG1グレード達成時に居室のみ間欠暖房した時と同等のエネルギー量で、全館連続暖房できるレベルです。発表前から過剰性能である、設計が難しいと言われていました。確かに、断熱材はそこそこで高性能窓の断熱性能に頼ってG2を達成しているビルダーは難しいかもしれません。しかし、断熱材もしっかりと施した上でG2をクリアしている設計であれば、一番大きい窓サッシを1ランク上げることで難なくクリアできます。G3グレードを達成するとエネルギー消費量は削減され、太陽光発電も少ない搭載容量で済みます。売電収入の魅力だけでの提案が難しくなった今、ZEH化の課題の一つは太陽光発電の搭載でしょう。少ない搭載容量で提案可能となるため、高断熱住宅とZEHの親和性は高いと考えています。

達成で得られるメリットとして従来基準と何が違うのでしょうか?

 G3グレードではお風呂やトイレ、廊下などの部屋間の温度差が小さくヒートショックを防ぐことが期待できます。性能基準を初めて健康に繋げられ、大きな進歩となりました。全館暖房はエネルギー消費や光熱費がかさみ勿体ないと考える工務店も多いですが、暖房の省エネ性能の向上に伴いこまめに消す方が消費量は多くなってきています。これからは連続暖房を活用し“快適”ではなく“健康”の観点から居室以外の空間温度をいかに低下させないかということを考えなければなりません。

住宅の高断熱化と健康はどのような関係があるのでしょうか?

 室内の寒暖差が誘発するヒートショックは勿論のこと、室温が上昇すると血圧への負担が軽減されます。断熱が十分でない住宅に住む人ほどコレステロール値が高く心電図の異常所見が多いなどのデータを国土交通省が発表しています。更に断熱性能を向上させると喘息やアトピー、心疾患など症状の改善率も向上することが調査結果として得られています。各種疾患は住宅内温度の影響を受けていると想定できます。

ZEHはコスト高と言われています。具体的な対策はありますか?

 ZEHの建築コストだけで高いと捉えてはいけません。生涯コストで見れば当然医療費の削減にも結びつく訳です。これまで断熱費用の投資回収年数は光熱費削減による便益のみを考慮した場合は29年、医療費削減も含めると16年とされてきました。無断熱から平成25年省エネ基準の高断熱・高気密住宅へ引き上げた時を想定しています。しかし、平成25年基準からおよそUA値0.4W(/ ㎡・K)まで性能を引き上げた場合に、断熱材や窓の材料費と医療費、暖房・換気の電気代を考慮すると更に短期間となる5~15年で回収可能と試算できました。また同じ断熱性能でも間欠暖房時より全館連続暖房時の方が医療費は小さくなることも判明しました。HEAT20 G3グレードでは全館暖房を前提としているため、健康かつ投資回収年数が短い基準と言えます。工務店には初期費用をいかに抑えるか、ではなくいかに健康な生活と長期的なメリットを提供できるか、に思考転換してもらいたいと考えています。

普及すれば社会的にどれくらい影響を与えると考えられますか?

 1戸単位でなく広い視野で考えると、日本の18年度の医療費総額は42兆円を超えました。断熱性能を向上させると3~5%の1~2兆円程度削減することができると見込んでいます。削減分を新築住宅に振り分けると概算で1戸あたり100万円程度になります。これらメリットを低断熱住宅に住む施主に説明すると多くは「断熱性能が健康に関係するとは知らなかった」「知っていれば初期費用が膨らんでも高断熱にしたかった」と口にします。高断熱化のメリットを工務店が伝えきれていないと示唆されます。最近は情報を事前に仕入れてから工務店に相談する施主が多くなってきました。高断熱住宅の普及には一般の方に向けても活発的に情報発信をしなければならないと考えています。

※本記事は月刊スマートハウス別冊 『ZEH MASTER 2019』 に掲載したものより抜粋しています。